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青森地方裁判所八戸支部 昭和33年(ヨ)39号 判決

申請人 沖沢昭八郎 外一四名

被申請人 十和田観光電鉄株式会社

主文

申請人等の本件申請をいずれも却下する。

申請費用は申請人等の連帯負担とする。

事実

申請人等訴訟代理人は、「被申請会社は、本案判決確定に至るまで、申請人等を従業員として取扱わなければならない。被申請会社は、申請人等に対し、昭和三三年六月六日以降毎月別表第一記載の金員を仮りに支払え。申請費用は、被申請会社の負担とする。」との判決を求め、その申請の理由として

第一、被申請会社(以下たんに会社と謂う)は、肩書地に本店を有し、地方鉄道業、旅客自動車運送業及び附随業務として定期航路業、旅館業を経営している資本金七〇、〇〇〇、〇〇〇円の株式会社であり、申請人沖沢昭八郎外一四名は、それぞれ会社に雇傭され、その従業員たる地位にある者であり、且つ会社の従業員約三二〇名中約一二〇名を以て組織する十和田観光電鉄労働組合(以下たんに第一組合と謂う)の組合員である。

(なお、右組合以外に残余の従業員中約一七〇名を以て、十和田観光電鉄従業員労働組合(以下たんに第二組合と謂う)が、会社の第一組合脱退を慫慂する圧迫行為によつて、昭和三二年一二月二日結成されて存在している。)

第二、しかるところ、会社は、昭和三三年五月三〇日、各申請人等に対して、就業規則第六三条に基き出勤停止を命ずる旨の意思表示をなし、引続き同年六月六日、申請人等に対して、それぞれ就業規則第六二条により懲戒解雇に処する旨の意思表示をなした。

第三、しかしながら、本件解雇は、次の理由によつて、無効である。すなわち、

一、会社就業規則第六〇条第五項及び労働基準法第二〇条第一項に違反する。

従業員を即時解雇するには、労働基準法第二〇条第一項同法施行規則第七条に則り会社は所轄労働基準監督署長の解雇予告除外認定を経なければならないし、また本件会社就業規則第六〇条第五項によれば従業員を懲戒により即時解雇する場合には、会社は所轄労働基準監督署長の認定を受くべき旨定めてあるが、右は懲戒解雇の効力発生要件と解すべきところ、会社は右法及び規則に違反し、いずれもその認定を受ける以前に本件解雇の手続を採つたものである。

なお会社の十和田労働基準監督署長に対する申請人等の解雇予告除外認定申請は本訴係属中、山下柳三、田島貞子、戸舘敏雄、藤枝チヨ、山田進、中村敏明、沢端秀美に対する分は却下された。

(除外認定が認容されたもののうち、申請人橋本勝介は、横領金額が少額であり、同沢岸セツ、同中野渡愛子の分は、昭和三二年三月の賃上げ以前の横領であつて一般的に不問にされていたものであり、同杉山武三、田島源治、沖沢昭八郎、富田トコ、秋田助蔵の五名の分は、横領金額、日時ともに不明であつて、いずれも後記の如くその点において、本件解雇は無効である。)

二、本件解雇手続は、労働協約第二四条第二六条第二九条労働基準法第八九条第九〇条第一〇六条に定める手続に違反する。

およそ懲戒解雇をするには、先ず労働協約第二四条第二項労働基準法第八九条第九〇条第一〇六条により、会社は予め組合に諮問し、その意見を充分斟酌した上、制裁委員会規則を規定した就業規則を制定し、これを所轄労働基準監督署長に届出た上、労働者に周知させ、右制裁委員会規則に基いて制裁委員会を開催し、労働協約第二九条第七号によつて、その制裁委員会の決定に基いて懲戒解雇を必要とする旨の決定をなし、然る後労働協約第二六条に基いて三日前までに第一組合に対し解雇に関する通知をなし、苦情あればその実施を保留して苦情委員会で組合と協議して初めて実施できるのである。ところが、会社は前記労働協約竝びに労働基準法に定めた手続を経ることなく、擅に懲罰委員会規程なるものを制定し、これに基いて懲罰委員会を設け、その懲罰委員会を擅に労働協約の制裁委員会であると称し、この懲罰委員会の議を経て、申請人等を懲戒解雇した。

三、本件解雇は、次の理由により解雇権の濫用というべきである。

(1)  本件解雇には何等その理由を示さない。

会社就業規則第六二条は、労働者にとつて苛酷な解雇事由の定めであるが、本件解雇は、そのどの事由に該当するか何等示されていない。

(2)  申請人等はバス料金を横領したけれども、それには次のような事由があり、かような事情のもとに解雇することは苛酷である。

(イ) 申請人等のバス料金の横領の日時、場所、金額は不明である。少くともその金額は一〇〇円ないし四〇〇円という少額である。

(ロ) しかもこのことは会社の低賃金、賃金遅配等により、古い従業員から教えられ、止むを得ず為したものである。

(ハ) 横領した時期は古い、申請人のうちには昭和三一年以前のことを問題にされているものもある。

(ニ) 申請人等はバス料金の横領の事実を認め、今後このようなことをせぬ旨を会社に誓つた。

(ホ) 以上の次第で本件バス料金横領事件は会社の告訴にかかわらず、不起訴処分に了つたほどである。

(3)  会社は、従来第一組合の組織に介入し、第一組合員に対して第一組合から脱退するよう個別的に働きかけ、その慫慂によつて昭和三二年一二月二日脱退組合員により第二組合が結成された。(かかる会社の行為については、昭和三三年五月二六日、青森地方労働委員会は、不当労働行為であるとして救済命令を発した。)かかる会社の態度からして、本件解雇は専ら労働者の団結権の弱化、分断を狙うものであつて解雇権の濫用である。

四、本件解雇は被申請会社の不当労働行為である。会社は社内の労働組合活動を嫌い、第一組合の切崩しを策し、第一組合員に対し第一組合脱退を慫慂して第二組合の結成を援助して前記のとおりこれを成功させ、且つその頃バスの運転手、車掌がバス料金の横領をなしたことを聞知するや、これを奇貨としてそれら責任者のうち第一組合員のみ一六名(うち一五名は本件申請人)を警察に告訴したが、犯罪の日時、場所、金額が特定しないため不起訴処分となるや、更に右横領事実に藉口して、それら責任者のうち第一組合員のみを就業規則第六二条第六号第八号に設当するとして懲戒解雇しながら、同じく責任者のうち第二組合員中漆畑実外一四名は解雇せず、また同今泉末治外三名は一たん退職せしめて直ぐ採用という形を採つた。これは労働組合法第七条第三号(支配介入)竝びに同条第一号(差別待遇)の不当労働行為に該当するから、本件懲戒解雇は無効である。

第四、以上のとおり申請人等に対する本件解雇は無効であり、従つてその賃金は得べかりし利益であるから、会社は申請人等に対し、解雇前三ケ月の平均賃金(別表第一記載のとおり)を、支払うのが相当であり、その計算関係は別表第二記載のとおりである。

第五、本件仮処分の必要性

申請人等は、低賃金によつて明け暮れている労働者であるから、解雇されると明日の生存が脅かされる事態にある。いい加減な事実を会社の唆かしによつて新聞に提げられたので就職の途もない。このままではもはや償うことのできない損害を生ずる。

なお会社は、申請人沖沢昭八郎、同山田進、同田島源治は本件解雇後他に就職しているから仮処分の必要性はないと主張するけれども、右三名の就職は臨時的のもので且つ収入も少いから仮処分の必要性には影響がない。

よつて申請趣旨記載の判決を求めるため本申請に及んだものである。

と述べた。(疎明省略)

被申請会社訴訟代理人は、「申請人等の申請を却下する。申請費用は申請人等の負担とする。」との判決を求め、その答弁として

第一、会社が、申請人等主張の場所に本店を置き、その主張の資本金を有し、その主張の営業をなす株式会社であり、申請人等が会社の従業員で、第一組合の組合員であつたこと、

第二、会社が、申請人等主張の如く、その日に申請人等に対し、出勤停止竝びに解雇の意思表示をなしたことはこれを認めるが、(その理由は後述)その余はこれを争う。

第三、本件解雇の意思表示は、つぎの理由により、有効である。

申請人等は、会社のバス運転手又は車掌であつたが別表第三記載の如くバス料金を横領したものである。バス料金は会社収入の根源であり、これが横領は会社経営の基礎を脅かすものであるところ、被申請人等は、右料金を永い間継続的に横領したものである。

よつて会社は後記のとおり、昭和三三年五月二三日懲罰委員会を開き、これにもとづき、同年二六日所轄十和田労働基準監督署長に対し、申請人等の解雇予告除外認定の申請書を提出し、ついで同月三〇日その出勤停止、翌六月六日申請人主張の如く懲戒解雇の意思表示を為したものであるが、この間何等申請人等主張のような瑕疵がない。

その詳細はつぎのとおりである。

一、除外認定の主張について

前記のとおり、会社は昭和三三年五月二六日、就業規則第六〇条第五項竝びに労働基準法第二〇条第一項に基ずいて、所轄十和田労働基準監督署長に対し、解雇予告除外認定の申請書を提出した。然る以上たといこの除外認定の申請はこれを却下されるも、三〇日分の平均資金を支払えば足るので、除外認定の有無は懲戒解雇そのものの効力には何等関係がない。(なお右申請却下の事実はない。また本解雇が最後的に即時解雇の事由を欠くとの決定があれば、会社は欣然として、申請人等に対し三〇日分の平均賃金を支払うつもりである。)

二、制裁委員会の主張について

前記申請人の料金横領は会社就業規則第六二条第六号「職権を乱用して利益を計つたとき」及び第八号「故意又は重大な過失によつて会社の信用を害し又は会社に多大の損害を及ぼしたとき」に該当するので、就業規則第六七条「本章に定める懲罰は懲罰委員会の審査及び判定を経て社長これを決定する。懲罰委員会委員はその都度社長が任命する。」に基いて、(その都度員数等を定める煩を避ける意味で代表取締役がすでに懲罰委員会規程を設け、昭和三三年一月一五日施行し、これを申請人等の所属する第一組合にも通知し、同年二月一五日委員の推薦を求めたところ、同年三月一八日委員として第一組合委員長成田一、同書記長若宮三吉が推薦され、同三月二五日右両名を他の者と共に委員に任命した。)昭和三三年五月二三日、懲罰委員会が開催され、第一組合委員長成田一、同書記長若宮三吉も出席し、審議の結果、同委員会は申請人等に対する懲戒解雇を決議してこれを代表取締役に答申し、代表取締役はこの答申に基ずいて、前記の如く、申請人等に対し出勤停止を命じ、次いで懲戒解雇の辞令を交付したものである。すなわち、労働協約第二六条は通常の場合における解雇換言すれば人員整理の場合の条文であつて、労働協約第二九条第七号の懲戒解雇の場合には第二六条の適用はない。けだし、若し申請人等主張の如く、従業員を異動解雇するには如何なる場合でも第一組合と協議する趣旨であるとすれば、第二六条第一項但書「但し組合の役員の異動については協議する」は二重に同じことを規定したことになり無意義である。本件の如き懲戒解雇の場合には、組合より推薦する委員を加えた懲罰委員会議を経て代表取締役が処分を決定するのである。なお同協約第二九条第七号にいわゆる制裁委員会は、就業規則の懲罰委員会と同一の委員会であり、本件解雇は、懲罰委員会の議を経ているから、その手続には申請人主張のような瑕疵はない。

三、解雇権濫用の主張について

本件解雇の理由は、前記のとおりバス料金の横領であつて、その理由は解雇辞令と共に文書をもつて被申請人等に交付通告した。

申請人等は苛酷な処分であると主張するが、バス料金収入は会社収入の大部分であり、その横領は会社経営の基礎を脅かすものであり、且つ発覚したのは氷山の一角に過ぎず(本件横領事件が発覚し、会社の監査が厳重になるや、昭和三三年一月から八月までの収入は前年同期に比較し、他に格別の好材料がないのに、約一一、七七五、八五三円増加となつておる)従つてこれが懲戒は会社の経営上已むを得ざるの措置であり、(民法第六二八条、労働基準法第二〇条)、何等苛酷な点はない。況んやかように申請人等の犯罪行為を理由とする解雇は労働者の団結権の弱化、分断等とは全く無関係である。

四、不当労働行為の主張について

申請人等が第一組合員なるがゆえに解雇したものではない、いつたん退職後再採用した苫米地義雄、令泉末治、川村春治、納谷庸雄の四名中、川村、納谷は第一組合員であるから、申請人等主張の如く、第二組合員のみを再採用したということはない。第一組合においても料金横領が行われていることを認め、昭和三二年四月から組合員に対しこれが禁止を提唱していた程であるから、これを犯かすが如きは極めて悪質であり、第一組合なるがゆえの解雇ではない。

仮りに申請人等主張の如く、差別待遇であつたとしても、「法律は正当な組合活動をした者の間においてこそ、差別的取扱を許さないと規定しているが、不正な行為があつたためにその責任を問われ、他の者が責任を問われなかつたとしても、後者が責任を問われなかつたために、前者の責任を問うことが不当の問責であるとは言い得ないのである」から、申請人等の主張は理由がない。

第四、仮処分の必要性について

申請人等は犯罪行為を為したものであるから、これを会社の組織内に置くことは、会社の収入に重大な影響があるのみならず、これを放置するときは、他の従業員に悪影響を及ぼす。申請人等が即時解雇を不当とするのであれば予告手当の請求を為すべく、その請求権があるとの理由の下に、赤字に悩んだ会社の再建を阻害し、ひいては他の多数の従業員の生活を脅かし、多数の株主の権利を侵害することは許されない。よつて仮処分の必要性はない。

殊に申請人沖沢昭八郎、同山田進、同田島源治は本件解雇後他に就職しているので仮処分の必要性はない。

要するに、本件申請は、いずれの点よりするも、その理由がない。

と述べた。(疎明省略)

理由

会社が、肩書地に本店を有し、地方鉄道業、旅客自動車運送業、附随業務として定期航路業、旅館業を経営している資本金七〇、〇〇〇、〇〇〇円の株式会社であること、申請人沖沢昭八郎外一四名がそれぞれ会社に雇用された従業員たる地位にあり、且つ会社の従業員を以て組織する第一組合の組合員であること、会社が昭和三三年六月六日、申請人等に対し、同人等が旅客自動車の運転手又は車掌としてその料金を横領した事実をそれぞれ就業規則第六二条第六号「職権を乱用して利益を計つたとき」及び同条第八号「故意又は重大な過失によつて会社の信用を害し又は会社に多大の損害を及ぼしたとき」に該当するものとして、懲戒解雇に処する旨の通告をなしたことは当時者間弁論の全趣旨において争いがない。

ところで、成立に争いない疎乙第一号証の一ないし七、九ないし一六、疎甲第九号ないし一五、被申請会社代表者本人尋問の結果竝びに同結果により真正に成立したものと認める疎乙第六号証の一、二によれば、申請人等が会社の運転手又は車掌として、別表第三記載のとおり、金額の差はあるが、いずれも、前記懲戒解雇の理由とせられたバス料金の横領をなしたことを認めるに足りる。

しかして、本件解雇は後記のとおり、右料金横領の事実を、その決定的理由としたことは明かであるのに対し、申請人等は、会社の右懲戒解雇は無効であると主張するので、その点につき、順次判断する。

一、就業規則第六〇条第五項竝びに労働基準法第二〇条同法施行規則第七条違反なりとの主張について

懲戒解雇たると否とを問はず解雇予告手当を支払わずに労働者を即時解雇することは、労働基準法第二〇条第一項但書所定の事由のない限り違法であるけれども、(一)使用者の意思が必ずしも即時解雇を固執する趣旨でないと認められる場合には、解雇の意思表示があつた日から三〇日を経過したとき、(二)後に解雇予告手当を現実に提供したとき、(三)解雇が「労働者の責に帰すべき事由」に基くものであることにつき、所轄労働基準監督署長の認定を受けたとき等は同法第二〇条の趣旨に照し右のような即時解雇も有効となるものと解するを相当とする。

飜つて本件の場合につき考えるに、弁論の全趣旨によつて認められるところの、申請人中、沖沢昭八郎、杉山武三、田島源治、秋田助蔵、橋本勝介、中野渡愛子、沢岸セツ、富田トコの八名については、本件解雇通告後本訴係属中所轄十和田労働基準監督署長の解雇予告手当除外認定を受けており、また申請人中、戸舘敏雄、山田進、中村敏明、山下柳三、沢端秀美、田島貞子、藤枝チヨの七名については、同署長から同除外認定申請は却下されたが、会社の意思が必ずしも即時解雇を固執する趣旨でないことはその自陳するところであるから、三〇日の経過によつてその解雇の効力が発生すると解すべきところ、すでに三〇日を経過したこと明らかな本件においては解雇の効力はすでに発生しているものと解すべきである。従つて、申請人等のこの点に関する主張は理由がない。

二、労働協約第二四条第二六条第二九条第七号竝びに労働基準法第八九条第九〇条第一〇六条違反なりとの主張について

証人成田一の証言(第一、二回)、被申請会社代表者本人尋問の結果及び同尋問の結果によつて真正に成立したものと認める疎乙第五号証、第六号証の一、成立に争いない疎乙第四号証、第一五号証の三を総合すれば、会社が昭和三二年一一月一日就業規則を制定し、同規則の中に労働基準法第八九条第八号所定の表彰制裁に関する事項として就業規則第五五条ないし第六七条を掲げ(労働協約第二四条第二項第一号「制裁に関する事項」に該当する事項)、実施に先立ち組合に意見があれば述べるよう申入れが第一組合委員長成田一は意見を述べなかつたこと、会社は就業規則第六七条により昭和三三年一月一五日懲罰委員会規程を制定し、同年三月一一日組合に対し懲罰委員会委員の推薦方を申し入れ、第一組合は同年三月一八日同委員として第一組合委員長成田一、同書記長若宮三吉の両名を推薦し、右両名が同委員に任命されたこと、同年五月二三日懲罰委員会が開催され、同委員会は就業規則第六七条により多数を以つて(反対成田一、若宮三吉)申請人等の料金横領行為を理由として申請人を懲戒解雇する旨判定した上、代表取締役杉本行雄がその旨決定したことを認めるに足りる。

右認定事実によれば会社の採つた本件解雇の手続は、労働協約第二四条第二項第一号「会社は従業員の表彰制裁に関する事項については、その立案又は実施に先立ち…………予め組合に諮問しその意見を充分に参酌する」に定める手続並びに同第二九条第七号「会社は次の各号の一に該当するを除いて組合員を解雇しない…………(七)制裁委員会の決定に基き、懲戒解雇を必要とするとき」に定める手続に従つて行われたものと解するを相当とする(就業規則第六七条にいわゆる懲罰委員会も、名称はともあれ、実質は労働協約第二九条第七号の制裁委員会となんら異なることはないと考える。)なお、就業規則作成後、使用者が、労働基準法第八九条第九〇条及び同第一〇六条所定の手続を採つたか否か共にその疎明を欠くが、右いずれも就業規則の効力発生要件ではない。(殊に後段就業規則作成後使用者が第一組合長に示して意見を求めた本件においては、仮りに労働基準法に従つた周知方法を採らなかつたとしても就業規則が無効なりとは解し得ないのである。)

更に申請人等は、懲戒解雇するには以上労働協約第二四条第二項第一号、第二九条第七号の手続の外に、なお労働協約第二六条に基ずき第一組合と協議した上実施せねばならぬ旨主張するけれども、例えば協約第二九条第八号「その他会社、組合協議の上解雇の必要ありと認められたとき」等の場合につき、更に協約第二六条により重ねて組合と協議する必要は条理上ないと同様に、第七号「制裁委員会の決定に基き、懲戒解雇を必要とするとき」もまた組合と協議する必要がないと解するを相当とする。けだし、第二六条は会社の機構改革とか人員整理に伴う異動解雇の場合の定めであつて、本件のように、懲戒解雇については第二九条第七号の手続によるを以て足り、同条はその適用がないものと解するを妥当とする。従つて、本件解雇にあたり前記のような手続を採つた以上、重ねて第一組合と協議する要がないものといわなければならない。

要するに、本件労働協約に定める解雇に関する規定の趣旨は、会社が組合員を解雇するにあたり、労働組合の意向を無視して一方的専断に出ず、組合の意見を充分参酌すべき点にあることに鑑みれば、会社が前記のように、第一組合に諮問し、その就業規則を制定し、これに基ずいて懲罰委員会規程を制定し、その実施にあたり組合に対し懲罰委員の推薦方を申入れ、その代表者をその委員として参加せしめた上で懲罰委員会を開催し、第一組合の意見を参酌した上で、就業規則の解雇基準に従つて、同委員会が申請人等を懲戒解雇にする旨の判定をし、会社代表取締役がその決定をした経緯に徴すれば本件懲戒解雇の決定は労働協約の規定の趣旨に副うものと謂うべく、従つてこの点に関する申請人等の主張はこれを採用し難い。

三、解雇権の濫用であるとの主張について

(1)  申請人等は本件懲戒解雇処分はその理由を示さないから解雇権の濫用であると主張する。成程成立に争いのない疎甲第三号証の二によれば、会社は申請人等を懲戒解雇するにあたつて、単に就業規則第六二条によるとのみ記載した辞令を交付しただけであることが認められ、その他その理由を具体的に示したことの疎明はない。然し成立に争いない疎乙第一号の一ないし七、九ないし一六、疏甲第九号の一ないし一五によれば、申請人等はいずれも旅客自動車料金横領に関する始末書を提出しておるので、懲戒解雇の理由を具体的に明示しなくとも、その理由が横領料金によるものであることは当然各自諒知されるところであるから、(但し成立に争いない疎乙第九号証によれば、申請人富田トコについてはバス料金横領が解雇事由に該当することを通告した)、会社が単に就業規則第六二条によつて懲戒解雇するとの辞令を交付したにとどまり、更に同条第六号「職権を乱用して利益を計つたとき」竝びに同条第八号「故意又は重大な過失によつて会社の信用を害し又は会社に多大の損害を及ぼしたとき」に該当する旨を明示しなかつたからとて、必ずしも申請人等主張の如く解雇権の濫用となるものとは解せられない。

(2)  申請人等は本件懲戒解雇処分をもつて苛酷なる処分であるから解雇権の濫用であると主張するけれども、会社は地方鉄道業、旅客自動車運送業を主たる営業内容とするものであるから、その料金の適確なる徴収は会社経営の基礎をなしその存続の重大要件をなすものであることは自明の理であり、申請人等のかかる料金横領の行為は会社経営の基礎を脅やかし、その存続を危やふくするものであるから、申請人等を職場より排除し、料金の適確なる徴収を計り会社経営の基礎を維持確立することは、会社経営上已むことを得ざるものと解することは決して無理とは謂えず、従つて本件解雇をもつて解雇権の濫用であると謂うことはできない。この理は、申請人の主張するその横領日時、横領金額の多寡、公訴提起の有無等により、その結論を異にするものではないと解するを相当とする。

(3)  申請人は成立に争いのない疎甲第四号証を挙げて本件解雇は労働者の団結権の弱化、分断を狙つたものであると主張するけれども、それだけで疎明ありとすることができない。けだし疎甲第四号証は、青森県地方労働委員会が各種資料に基き判定した結論を表示したもので、その資料そのものではないからである。却つて前記疏甲第三号の二、同第九号証の一ないし一五、乙第一ないし七、九ないし一六及び被申請会社代表者杉本行雄尋問の結果を綜合すれば、昭和三三年五月頃、申請人等のバス料金横領の事実を知つた会社が、会社経営上看過し得ないとして、右横領事実を直接且決定的な理由として本件解雇の措置に出てたことを認めることができる。従つてこの点に関する申請人等の主張もその理由がない。

四、不当労働行為なりとの主張について

前段認定のとおり、本件解雇は、申請人等の料金横領事実を直接且つ決定的な理由とするものである以上、これを以つて会社の不当労働行為視することは極めて困難であるけれどもなお以下この点に関する申請人等の主張を詳細に検討する。

(一)  成立に争いのない甲第四号証(地労委命令書)によれば、会社が第一組合員に対し第一組合脱退を慫慂したことを疑わせるものがあるとしても、それだけで疎明ありとすることはできないことは前記のとおりである。また証人成田一の証言(第一回)によれば、もと第一組合員であつた納谷庸雄が、会社自動車部長東健次郎及び勤労課長松尾良夫から第一組合を罷めれば再採用すると言われたことが認められる。然し右自動車部長、勤労課長等の第一組合脱退慫慂が果して使用者たる代表取締役と意思連絡のもとになされたか否かの点について、その疎明が充分でない。

その他申請人の全疎明を以つてするも会社の第一組合に対する支配介入の事実を肯認するに足るものがない。

(二)  つぎに差別待遇の有無について検討する。会社に差別待遇ありとするためには、差別待遇の客観事実及び意思の存在が必要であることはいうまでもないが、右意思の有無は、使用者の組合に対する行動態度によつてこれを認定する外はない。

(1)  ところで、本件において使用者の反組合的な態度、行動竝びに使用者がその側近者を通じて第一組合員に対し第一組合から脱退するよう勧告慫慂した事実を認定し難いことは前記のとおりである。

(2)  申請人等は申請人等の外従業員佐々木マツ、伊藤豊作、漆畑実、十文字久司、大沢靖成、福村義人、大久保栄、沼田政雄、上道幸悦、畑山松三郎、久保喜代治、小山田守栄、中村俊美、宮本鉄蔵、深沢口定雄はいずれも同じく料金を横領したにかかわらず、これらの者がいずれも第二組合員なるがゆえに解雇されず、また同じく料金を横領した今泉末治、川村春治、苫米地義男、納谷庸雄はいずれも第二組合員なるがゆえにいつたん退職して直ぐ採用という形をとつたものであるから、これはまさに差別待遇であると主張する。

なるほど証人成田一の証言(第二回)によつて真正に成立したものと認める疎甲第一一号、証人深沢口寅三、同福村義人の各証言によれば、昭和三二年七月四日、小山田守栄、漆畑実、十文字久司、福村義人、大沢靖成、上道幸悦が浅虫から青森へ廻送する旅客自動車の料金を横領し、又福村はこの外にも料金を横領したことが認められる。(被申請会社代表者本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認める疎乙第一三号証の一、二、三、第一四号証の四、六、一〇、一一、一二、一四、中右認定に反する部分は前掲各反対証拠と対比してたやすく措信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。)けれども証人深沢口寅三の証言によれば、前記昭和三二年七月四日の浅虫から青森へ廻送する旅客自動車料金横領事実については、深沢口寅三が昭和三三年六月一八日頃自動車部長東健次長に報告したことが認められるし、また証人福村義人の証言によれば、福村義人の別な料金横領の件は、昭和三三年九月一五日同人が証人として当裁判所において、その旨の証言をして初めて判明したことが認められるから、ともに本件解雇が行われた同年六月六日当時には同人等のこの料金横領事実は会社側には判明されてなかつたものと考えられる。他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

また佐々木マツ、伊藤豊作、大久保栄、沼田政雄、畑山松三郎、久保喜代治、中村俊美、宮本鉄蔵、深沢口定雄の各料金横領事実については、被申請会社代表者本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認める疎第一四号証の二、三、五、七、八、一三、一五、一六、一七竝びに証人宮本鉄蔵の証言によれば、これらの者はいずれも右料金横領事実を否認しているところ、単に申請人等のみがこれを供述するのみで、他にこれを立証するに足る疎明がないので、いずれも右料金横領事実についてはその疎明が充分でないと謂うべきである。仮りに前記九名に料金横領の事実ありとするも、証人成田一の証言(第一、二回)の各一部竝びに被申請会社代表者本人尋問の結果によれば、本件解雇当時第一組合員にして第二組合へ所属変更する者が増加しつつあつて、会社側にはその区別が困難であつたことが認められるから、会社の前記九名に対する措置は必ずしも第一組合員たると否とによりその待遇を差別する意思に出たものとは断じ難い。証人成田一の証言(第一、二回)中右認定に反する部分は前掲各反対証拠と対比してたやすく措信し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

成立に争いのない疎甲第一〇号証竝びに被申請会社代表者本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認める疎乙第一一号証によれば、今泉末治、苫米地義男は各第二組合員、川村春治、納谷康雄は各第一組合員であるが、いずれも料金横領事実により解雇されたが、間もなく、改俊の情顕著であつた故再雇用されたことを認めるに足り、再雇用は必ずしも第二組合員なるのゆえでないことが認められる。

成立に争いのない疎乙第一号証の一四、第一三号証の一竝びに第一四号証の一、二によれば、昭和三三年五月二日申請人中野渡愛子が始末書に共犯者として漆畑実(第二組合員)の名を記載したにも拘わらず、漆畑実に対する会社の取調が同年八月一〇日に至つて初めて行われたことが認められるけれども、これのみでは、申請人等が第一組合員であるが故にその差別待遇を受けたとの疎明が充分でない。

これを要するに証人福村義人、同橋本勝介、同宮本鉄蔵の各証言、証人成田一の証言(第一、二回)の各一部竝びに被申請会社代表者本人尋問の結果によれば、三本木営業所の一戸敬が料金を横領したことを福村義人に発見され、また古間木営業所の橋本勝介が料金を横領したことを宮本鉄蔵に発見され、これを知つて会社では事の重大さに鑑み、右両名を告訴したことから捜査が開始され遂に本件解雇に発展したものであることが認められる。証人成田一の証言(第一、二回)中右認定に反する部分は前掲各反対証拠と対比してたやすく措置し難く、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

以上の各事実を総合判断すれば、使用者たる会社第一組合員たる申請人等の組合活動を好まなかつたことは否定し得ないけれども、そのために第二組合員と差別待遇する意思を以つて、申請人等の料金横領に藉口し、敢えて本件解雇の措置に出てたものと断ずべき疎明が充分でないのに反し、申請人等の右料金横領の非行は会社経営の基礎を根本的に脅やかす重大事であると考えた会社が、かかる行動に出る従業員を職場より排除して会社経営の基礎を維持確立するため、その非行を直接且決定的理由とし、申請人等を解雇するに至つたものと認めるのが相当である。

よつて本件解雇が不当労働行為に該当するから無効であるとの申請人等の主張は採用し難い。

以上の次第で、本件解雇が無効であるとの申請人等の主張については、その疎明を欠き、又保証を立てさせて仮処分を許容することも相当でないから、本件申請はこれを却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九三条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 工藤健作 野村喜芳 松沢二郎)

(別表第一、二省略)

別表第三

料金横領一覧表

番号

職名

氏名

期間

金額(円)

始末書提出日

始期

終期

1

運転手

山田進

32.9.23

33.1.16

1,950

33.5.5

2

沖沢昭八郎

30.8.

32.9.

37,400

33.5.7

3

杉山武三

31.1.

33.2.27

68,600

33.5.8

4

田島源治

29.9.

33.1.

510,000

33.4.16

5

車掌

橋本勝介

32.6.

33.1.30

1,500

33.4.16

6

藤枝チヨ

28.8.

29.1.

3,600

33.4.16

7

沢岸セツ

30.12.

31.11.

32,500

33.4.16

8

田島貞子

31.6.

32.12.

10,500

33.4.16

9

富田トコ

31.5.

32.12.

14,500

33.4.17

10

中村敏明

32.10.

33.2.

2,350

33.4.17

11

秋田助蔵

32.11.

33.2.20

12,440

33.5.8

12

中野渡愛子

29.8.

32.3.下旬

50,000

33.5.2

13

戸館敏雄

32.10.中旬

200

33.4.16

14

沢端秀美

32.11.7

33.1.2

400

33.4.13

15

山下柳三

32.10.中旬

32.12.中旬

1,200

33.1.28

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